「~すればよい」「~であればよい」構文に物申す
今日はちょっと真面目に,「~すればよい」「~であればよい」という表記について語ります.
「~を示せばよい」「~となればよい」などの構文を,まとめて【ればよい構文】と呼ぶことにします.
多くの教職員の方が間違った使い方をしないように警告を発しているようです*1が,なかなか間違った使い方をする人が後を絶たないみたいですね.
そこで,この構文について,私見を述べます.
まず,「~すればよい」という表記の意味は,多くの人が主張している通り十分条件です.
【ればよい構文】は,「Aするためには,Bすればよい」という形で使うのが基本.
この文は,「AするためにはBすれば十分である」「BはAの十分条件である」とほぼ同義です.
文脈により「Aするためには」が省略されることが頻繁にありますが,そのときも,必ず省略されたAが何なのか意識すべきです.
基本を述べたうえで,この【ればよい構文】を2種類に分類します.
[1] 【~となればよい構文】
「$a$が正であればよい」「$f'(x)=0$となればよい」などのように,
論理の流れに直接かかわる構文です.
この場合は,先ほど述べた「十分条件」という言葉が非常に重要です.
この言葉,実は場合によっては重い足かせとなります.
「【~となればよい構文】を用いた瞬間,自分は十分性しか考えてないと主張したことになる」からです.
これは大きな問題となりえます.どういう問題が生じるか,についてはのちの具体例で確認することにしましょう.
[2] 【考えればよい構文】
「~となる条件を考えればよい」「~となることを示せばよい」「~となる$x$を求めればよい」
といった,解答の指針や方法論を示す構文です.
自分がこれから何をしようとしているのか,端的に読み手に示すという点で,この構文はおすすめです.
自分の解答を読みやすくしてくれる割に,先ほど言った「足かせ」となることはありません.
「これ以外の方法で解くこともできるけど,とりあえずこの方法でやってみればいいよね」
という主張にすぎないからです.
一般的に,一つの問題を解く方法は数通りあるものです.このことについてあーだこーだ言う人はいません.
これらの違いを,具体的な解答例に当てはめて考えてみましょう.
「直線$l: 3x+y=a$が円$C: (x-1)^2+(y+2)^2=10$と共有点を持つための$a$の範囲を求めよ.」という問題を考えてみます.
楽なのは,円の中心$\mathrm{C}(1,-2)$と$l$との距離が$\sqrt{10}$以下である条件式を出す方針でしょう.これに従って,2種類の解答を書いてみます.
[1] 円の中心$\mathrm{C}(1,-2)$と$l$との距離が$\sqrt{10}$以下であればよい.
したがって,点と直線の距離の公式より$\dfrac{|3\cdot1+1\cdot(-2)-a|}{\sqrt{3^2+1^2}}\le\sqrt{10}$から…(以下略)
[2] 円の中心$\mathrm{C}(1,-2)$と$l$との距離が$\sqrt{10}$以下である条件を考えればよい.
これは,点と直線の距離の公式から$\dfrac{|3\cdot1+1\cdot(-2)-a|}{\sqrt{3^2+1^2}}\le\sqrt{10}$と書けるから…(以下略)
この解答,多少の文言の違いを除いてはほとんど同じように見えます.
しかし,論理的には全然違っていて,[1]はNGで[2]はOK,と判断されます.
というのも,上の問題で出題者が求めているのは,
「直線$l: 3x+y=a$が円$C: (x-1)^2+(y+2)^2=10$と共有点を持つための必要十分条件となるような,$a$の範囲」
だからです.数学の問題ではよくあることですが,必要十分条件を答えるように暗黙に要請しているのです.
考えてみれば当たり前のことです.「不等式$3x-1\ge 2$を解け.」という問題に対して「$x=100$」なんて答えが丸になるはずがありません.$x=100$は十分条件にすぎないからです.
[1]では,「題意を満たすためには,Cと$l$の距離が$\sqrt{10}$以下であれば十分である」ということを主張しています.
つまり,今から自分が示すのは,題意を満たすための十分条件ですよ,と言っているのです.
これでは,必要十分条件が欲しいという問題の要請に合いません.
それに対し[2]では,「題意を満たす$a$を求めるためには,Cと$l$の距離が$\sqrt{10}$以下となる条件を考えれば,解き方としては十分合ってるよね*2」ということを主張しています.
つまり,今から自分が示すのは題意を満たすための必要十分条件だから,問題の方針としては十分ですよ,と主張しています.
両者の違いは,省略されたAにもあります.
「Aするためには,Bすればよい」のAが,[1]と[2]で微妙に違うことがわかるでしょう.
微妙な言い回しの違いで,類推される文脈が見事に変わってしまうのです.
結論としては,
2種類を使い分ける.[1]は慣れないうちは使わない,[2]はおそれずに使ってよい.
ということです.[1]は(参考書で見かける表現ではあるものの)玄人向けの表現と言えます.
慣れないうちは「Bであればよい」ではなく,「Bであることが十分である」と具体的に説明したほうがいいでしょう.
それに対して,[2]は自分の記述を分かりやすくするうえでプラスになりますから,積極的に使って何ら問題ないと思っています.
ただし,教員によっては,すべての【ればよい構文】を忌み嫌う人もいます.上の使い分けが学生には難しいからでしょうか.
私の個人的な意見としては,[2]を止める理由はないと思っているのですが.
結局,大学受験の答案には,「~すればよい」はすべて「~すれば十分である」と置き換えるのが無難なのかも…